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好きな色

好きな色を尋ねられると困ってしまう。例えば青ひとつだって、薄い空色もあれば深いインクブルーや藍染めの藍色、あるいはマットなネイビーブルーとか灰色の混じった青、紫の混じった青、緑に寄った青…とほとんど無限のニュアンスの違いがある。私は原色に近い青はそれほど好きじゃないけど、他の色が混じってるような中間色ぽいブルーとか、少し彩度の落ちたブルーは好き。でもよく性格判断だの占い的なサイトなどで「好きな色を選んでください」とあっても、塗りたくったような真っ青しかなくて、じゃあ他の色を選ぼうと思っても赤も黄色もピンクも安いマジックでべたっと塗ったような派手な色ばかり、「どれも好きじゃないや!」って選べずその先に進む気が失せてしまう。色などという万人それぞれ微妙な好みの違いがあるデリケートな問題について、なんてまぁ雑な質問だろう?だから雑誌やWEBのナントカ判断みたいのはぜんぶ嫌いだしやらない。青が好きと答えたところでいったい何がわかるんだろう。藍が好きな人と紺が好きな人とグレー交じりの薄い水色が好きな人が、同じ性格だっていうんだろうか?…

もうひとつ困るのは、自分が認識してる好きな色の他に、無意識で好きな色があること。例えば私は青は好きだけど、青い服はほとんど持っていない。似合わないからだ。洋服は圧倒的に紫系と茶系が多い。ともかく紫色がかった服にはすぐ手が伸びるらしく、ある時キャビネットを開けたらほぼ全てが紫系だったので自分でも呆れて、それ以来意識して他の色も買うよう心がけるようになった。紫系と言ってもこれまたニュアンスが難しく、歌舞伎の衣装みたいな鮮やかな紫では当然無くて、小豆を煮た後のお湯みたいな少しグレーっぽい感じの紫や、巨峰のような濃い黒紫色が好きらしい。らしいというのは、自分では意識しないで買っているからだ。

そもそもきれいな色は基本的にみんな好き、色自体が好きだ。洋服はともかく部屋やインテリアには”引き算”でひとつのトーンでまとめるよりも、いろんな色を使って賑やかにしたくなる。賑やかなマルチカラーのビーズアクセサリーなんかも(似合わないしつけないけど)大好き。そんなあれやこれやを考えあわせると結局自分の好きな色ってひとつや二つでは収まらないので、やっぱり答えに窮してしまうのだった。
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サカナさかな

今年に入って劇的に魚が好きになった。ほぼ毎日魚介類を食べている。今までも嫌いだったわけじゃないけど、どちらかといえば肉好きだった。7:3くらいの割で肉・野菜系献立だったと思う。今やそれが逆転してしまった。
きっかけは年末に読んだ本。さかなクンの出した魚介料理の本を読んで美味しそうだなーと思った。(グラタンやお好み焼きなど今風のレシピが多めだった。)私さかなクン大好きなのだ。毎日お魚を食べてたらあんな風に元気になれるのかなと思い、「よし一週間全部魚介献立にしよう」と決意。タコのお好み焼き、開きニシン、ツナサラダとか比較的ハードルの低いwとこを毎日食べてたら、なんとなく魚介の美味しさに目覚めてしまったのだった。
つらつら考えてみると、魚って鮮度が大事だから毎日買い物に行かなきゃならないし、肉より魚介は高い気がするし、魚さばくの苦手だし、でも魚摂らないと血液サラサラにならない…みたいな感じでけっこう億劫意識があった。加えて北海道に来てから鮮魚売り場に見たことのない魚が多くなって、鯖や秋刀魚とかだんだん知ってるものしか食べなくなってた。(ハタハタ、チカ、ホッケ、ワカサギ…一応一通りトライはしたけど。チカなんていまだにどうやって食べたらいいのかわからん。ホッケは「やっぱ本場ものは味が違うわ」なんつって最初食べまくっていたせいで食傷してしまい、今はほとんど食べなくなった。たまに食べるときは煮付けにしてる。)それに魚料理といえば焼き魚、煮魚、刺身くらいしかやってなかったけど、フライでもグラタンでもお好み焼きでもいける、つまり肉と同じに使っていいんだとわかったら、急に親しみが持てるようになった。そしてよく食べるようになって感じるけど、魚や貝や海草は実に奥深い味というか、しみじみゆっくり味わうことのできる懐の深さがあることがわかってきた。この歳になって自分でも可笑しいけど、まだまだわかってるようでわかってないコトがたくさんあるらしい。
さかなクンのさかなレシピ

チュルリョーニス~北方の光~


「静寂」1903年

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「城のおとぎ話」1909年

セゾン美術館92年のチュルリョーニス展はかなり評判となってカタログは早々に売り切れてしまい、観に行ったときは会場で買うことが出来ず、その後だいぶ経ってからやっと購入した。92年の個展がチュルリョーニス作品の本邦初紹介だったのだけどそれ以降も画集が日本で出版された形跡がなく(展覧会が評判をとったのに奇異なことだ)、セゾンのカタログが現在も日本における唯一の本格画集ということなので大切にしている。(普通のザラっとした紙にカラー印刷されている。それはそれで雰囲気があるけど、背表紙など経年でシミが出てきた。このカタログも現在は入手困難らしい。本格的な画集が刊行されるのを希望。)
本邦初紹介と書いたけど、厳密に言えば「画家としての絵画作品が初紹介」。チュルリョーニスは音楽家でもあり、CDは普通に入手できるようだ。ショパンやグリーグに近いピアノ曲というからモロに私好みだけど、まだ聴いたことは無い。
ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(Mikalojus Konstantinas Ciurlionis)はリトアニアの音楽家・画家。1875~1911年という世紀末、ロシア革命へと向かう激動の時代を生き36年の生涯に作曲・絵画ともに大量の作品を残した。最期は体と心が重い病に冒され療養所でなくなった。写真には繊細さと神経質、敬虔さ、知性、どこか浮世を離れた遠い世界を見てるかのような眼差しなどが見て取れる。まさしく幻視者の資質に優れた方だったのだろう。さほど遠くない隣国に属するにも関わらず私たちがほとんど何の知識も持たないリトアニアという国は、展示会のあった92年は独立2周年だったそうだ。ふと前サッカー日本代表監督のオシム氏を思った。複雑な歴史を持つ辺境の小国の光と影、私たちの想像も及ばないような苦悩や宿命や知性や様々なものが刻み込まれた重い陰影を持つ顔。
絵は空想と宇宙的な啓示に満ちている。精神的というより霊的な雰囲気、静かで瞑想的な世界。ルドンに似ている気がするけど、ルドンのような夢想的な感じはない。東洋的な感じのする色も落ち着いていてとても美しい。展覧会で一番惹かれたのが「煌きⅡ」という絵だった。ブルーグレーの背景に画面を左右にかけて白い丸い光が数点連なっている。絵というよりそこに光が穿たれているみたいに感じた。
ミカロユス・チュルリョーニス(wiki)

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「冬Ⅷ」1907年

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「奉献」1909年
プロフィール

胡舟

Author:胡舟
北海道オホーツクに在住し北の海のクラフトを作っています。

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