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オホーツク・ホタテバーガー



私が試してみて「いける」と思った地元オホーツクの特産品を紹介します。
ハンバーガーが好きだ。以前はよく自分で作って食べたけど、こちらに来てからは作ってない。なぜならバンズが売っていないから。ハンバーガーの美味しさはまずはバンズだと思う。ハンバーガーにパクついたときパンのふんわりしっかりとした弾力が出迎え、小麦の香りと甘みが期待感を高めて中の具へと誘う。これが正しいバーガーの姿。ハンバーガーの美味しさを堪能するには作ってその場で食すに限る。マクドなんかの作り置きで湿ってて弾力もないぺちゃんこバンズは単に具をはさむだけの道具に成り下がっていて、ハンバーガー本来の美味しさからは程遠い。悲しいことに今やその方が当たり前になってしまった。ちゃんとしたバンズで作ったバーガーを食べたらハンバーガー感が変わるくらい美味しいのに。ハンバーガーはまずバンズ、私はこのことを強調したい。(バンズ販売してください北見のパン屋さん)
ところで最近ご当地バーガーが流行だそうだ。とても良いことだ。有名な佐世保バーガー(食べたこと無いけど一度は食べてみたい!!)みたいにその場で作って出すスタイルならバンズが湿ってたりしないし、自慢の素材をあれこれ詰め込むのにマクドみたいな薄いバンズもどきでは役不足でちゃんとしたバンズを使うだろう。ご当地バーガーによってハンバーガー本来の美味しさが復権することを願う。
わがオホーツクも自慢のホタテを擁したホタテバーガーを販売し始めた。ワッカネイチャーセンターで販売していたので早速食してみた。大きなホタテのフライが3個にタルタルソース。美味しいしかなり食べ応えがある。1個でお腹いっぱいになってしまった。バンズは…まぁマクドとどっこいどっこい。店舗ではなくホタテ加工会社による開発なので作り置き方式は仕方ないかも。それを差し引いても、ともかく美味しいことは美味しい。ホタテのほんのりした甘みがグー。油臭さもなく嫌味の無い味で誰にでも受けそうだ。1個350円で価格もまずまず。サーモンフライの入ったサーモンバーガー300円もあり。北海道オホーツクへお越しの際はぜひご賞味ください。サロマ湖畔国道238号線沿いの北勝水産内喫茶室、それとワッカ原生花園ネイチャーセンターで販売中。
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マイケル・ジャクソン ~人工の夢の中へ~

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毎日報道や特集を目にしてても今ひとつ信じられなかったマイケル・ジャクソンの死。追悼式も営まれてしまい、いよいよ日一日と伝説化していくんだろうなぁ。まさかクィンシーやリズやダイアナ・ロスやバブルス(!)より先にいくとは誰が予想したろうか…。御三方は追悼式欠席したそうだ、すごくわかる。肉親のように接してきた人たちにはショックと悲しみが大きすぎるのだろう。この記事を書きかけながらグズグズしていた私も、いまだにロンドン公演への壮大な釣りなんじゃないかと思う気持ちもあったりして、もう二度と彼に逢えないなんて信じたくない。でもやっぱりキチンと書いておきたいと思った。
自分のことを「僕は機械。十分に油を差す必要がある」と言ってたそうだけど、本当にそう思ってたんじゃないかと思う。誰かが「人間も自然の一部だから自然に逆らったことしていたら身体を痛めるよ」などと諭したって聞かなかったろう。マイケルは”人工”が大好きだから。体を整えるのは薬、心を楽しませるのはアミューズメント。その人工信仰は徹底してた。自らの肉体だって人工的に改良可能と信じてた。長い人生を見据えて心身を保つなどという大人の常識は持ち合わせず、いつも瞬間のスパークに生きた。だからこそ彼のパフォーマンスはあんなに圧倒的な爆発力を持っていたのだろう。
テレビで見たネバーランドの中はおびただしい遊具や人形で溢れていた。執拗なまでに子供の世界を構築しようとしたのはなぜだったのだろう。彼が本当に心から欲したのは、取り上げられ永遠に失われた子供時代だったのかもしれない。暴力的で心の冷たい父親がスパルタ教育で作り上げたジャクソン5時代にはほとんどに学校に通えず、友達と遊んだことも満足な休みも無かった。その上ジャクソン5の中心であり顔であったにもかかわらず褒められることもなく、逆に父親からいつも大きな鼻をからかわれてコンプレックスになった。失われた子供時代への強烈な憧れは、マイケルのある部分を子供のままに保ったのだろう。マイケルの笑顔は無邪気で穢れを知らない赤ん坊みたいだし、グロテスクなものへの興味は無邪気に虫の肢をもぎとる子供の残酷さのようだし、人工物好きはいかにも現代アメリカの子供らしい。Speed Demonのようなカッコいい曲をウサギの被り物CGにしてしまったり、ロボットに変身して悪者を倒したりするナンセンスで子供っぽいマイケルが大好き。超展開連続のMOON WALKERはマイケルの稚気炸裂だ。子供時代からずっとショーからショーへの生活で、舞台の上に一夜だけ作り上げられた人工セットみたいな刹那的な美と夢を愛するようになったのかもしれない。また彼の歌う平和やエコロジーへのメッセージは、子供のようにピュアでストレートだ。”殺し合いは無益だ、僕らはみんな仲間””世界を癒しより良い場所に変えていこう””まず鏡の中の男(自分自身)を変えよう”大人が声高に言うと上っ面だけの偽善ぽくて胡散臭く聞こえてしまいそうなことが、根が子供のままで純真なマイケルだからこそ、世界中の人々の心に響くメッセージとなるのだろう。
ロンドン公演のためのリハーサルビデオが大量に残されているという。それらを編集してCGでマイケルを蘇らせて公開して欲しい。心から観てみたい。CG大好きだったマイケルだからきっと喜ぶと思うのだ。

(Speed Demon ダンス部分。マイケルのキュートな表情がたくさん)


なくなる2日前のリハーサル映像が公開された。


曲は「They don't care about us」。パッと見たところ体型もキレも変わってなくてビックリ。なによりも、全盛期のライブと同じようにダンスをやろうとしていることに驚いた。この内容で50公演…。
3月の正式発表時の彼を見た時、激しいダンスはもう無理ではと思った。ダンスはダンサーに任せて歌うだけなのかなと。それでも全然構わないとファンなら思う。もう一度マイケルのライブが観られるだけで僥倖というものだ。いずれDVDが出るだろうと、ロンドン公演をすごく楽しみにしていた。でもそんな生ぬるい予見を遥かに超えて、彼はプロ中のプロであり真の大スターだったのだ。コンサートの全貌はわからないけど、ダンスも歌もきっちりやるつもりでいたのが伝わる。ステージ上のマイケルはまるでステージそのものからパワーを吸い上げているみたいに不思議な熱気に溢れ、ブランクも50歳という年齢もあの半病人みたいな衰えもまったく感じさせない。薬物過剰摂取が不幸へと行き着く日が遠からずやってくるとしても、もしファイナルコンサートを企画しなければまだ生きていられたかもしれない。だとしたら彼はステージのために命を落としたともいえる。ステージに生きてステージに死んだ KING OF POP …
『花の中の女王よ、六ヶ月もお前は咲き続けた。しかし女王である以上、もちろんそれはお前の義務なのだ』秋のバラについて。カレル・チャペック

2009.3.6 This is it発表


このときのマイケルが好きでこの動画は繰り返し観てた。久しぶりにファンの熱狂的な歓声に迎えられてマイケル嬉しそう。激痩せながら思っていたより体調も良さそうに見えて、グラサンに隠れてはいるけど彼らしいチャーミングな表情も見て取れる。ファンの歓声やテンションをぐんぐん吸い込んでその場でエネルギーに変えていくような、独特の濃密な感覚がすごく好きだ。なんか涙が出てきた。

SL常紋号2009 その2

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2009年6月27・28日、去年に引き続きSL常紋号が石北線北見~遠軽間を走りました。北見からの往路では機関車が反対についていたので、復路を撮影すべく前記事をアップしてすぐ生田原駅へ。ホームの端から山をバックに到着するところを撮りました。ちょっとピント甘いなぁ、ぐすん。最初私たちだけだったのがだんだんカメラを持った人たちが集まってきて、どんな感じで撮影されますかここ立っててだいじょぶですかなどとお互い位置確認したりして。いえあの私のカメラなんか飾りみたいなもので‥としどろもどろ。ちょっと緊張してしまった。でもそこは北海道の山の中、皆さんわりに和やかな雰囲気。見張り役の駅員さんもどこからいらしたんですかなどと気さくに話しかけてくる。汽車到着時は隣に立ってた人が感極まってウォーと叫んだり興奮してしゃべってる人もいて動画撮影の夫はイラッとしてたけどw、田舎なんだし写真くらいで殺気立ったりするより和気藹々と楽しむ方がいい。
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C11207正面。「カニ」の愛称を持つ2個ライトがよくわかります。静かな山の駅は大賑わい。列車の入線と出発のときに合わせて、地元の子供たちの太鼓演奏がありました。
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生田原駅を出発する常紋号。よく晴れていかにも北の夏らしい爽やかな日でした。
下は太鼓に送られて生田原を出発する動画。(最後の方で手を振ってるのは私です…)



明けて28日。実は数日前にぎっくり腰をやってしまったのに前日歩き回って腰痛悪化。この日も動ける状態じゃなかったのですが、やっぱり常紋号が見たくて出かけました。途中撮影ポイントを探して西留辺蘂駅や安国駅などを下見。この日はラストランということで、ほとんどのポイントには早くも三脚や脚立を立ててる人がいました。こちらは下手っぴだし上手な皆さんと交じって気詰まりなのは嫌なので、気楽に撮れそうな遠軽駅へ。ホームに立つと折りしも人々が一方向へ移動していく。ピンと来たので歩きながら望遠につけかえたら(このレンズ交換が快感)、機関車だけが向こうからやってきた。やった☆ジャスト・シャッターチャンス。
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遠軽駅に到着したSLは機関車だけを外して水の補給をした後、往路とは頭を反対にして(前面を進行方向に向けて)客車と再び連結し、折返し運転に出発します。ちょうどこの連結のときに来合わせてラッキー。前日は緑色だったヘッドプレートがこの日は赤に変わっていた。遠軽駅では5時間余りも停車するので、さまざまなイベントが行われた模様。少しはお金を落とさないと来年も来てくれないかもと心配になったので、次の生田原駅でくるみ餅を買って線路脇の草原で風に吹かれながら食べました。思いがけず美味しかった。
遠軽を早めに出て生田原駅まで戻り出発する光景をサッと撮影した後、素早く留辺蘂駅に移動。留辺蘂では停車わずか1分なのでホームの見物人も携帯を構えた数人ほど。私は写真はたくさん撮ったからもういいやと思ってて、ただ常紋号を見送りたかったのでした。
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ホームに入線したところを撮って、素早く(といっても腰を押さえてヨタヨタと)階段を駆け上がり高架通路の窓から見下ろしたその時、大量の煙と共に大音量の長い汽笛!思わず両耳を押さえて足をバタバタさせてひゃあっと叫んでしまいました。それくらいもの凄い音、体がビリビリとなるくらい。その瞬間は腰痛も忘れ、すぐ真下で煙を吐き出す蒸気機関車の迫力に興奮してシャッターを切りまくっていた。山に向かって小さくなっていく汽車に手を振りながら、不思議に体中がすっきりしたように感じていました。あの汽笛の音にはきっと人を奮い立たせ元気付けるような効果があるに違いない。ゴーシュのセロの中に入った子ねずみもこんな感じだったのねきっと。
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さよーならー。また逢えるといいな。
プロフィール

胡舟

Author:胡舟
北海道オホーツクに在住し北の海のクラフトを作っています。

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