クマのこと



今朝夫がクマを見たという。以下は夫の話。
月に一度の公報を配る日だったのでまだ暗いうちに起きた。寝ぼけ眼で照明の紐を引っ張り、ライトが点滅して蛍光灯が点くまでのわずかな間に、足元を灰色の小さなものがすっとよぎった。長い尻尾があって「クマだ」と思ったという。部屋が明るくなるともう何も見えなかった。「頭から尻尾までがこれくらい」と手で示した大きさはまさしく元気だったころのクマのサイズ。二人とも早起きしたのだけど、一足早く起きた夫が後から起きた私に今しがたこれこれで・・・と話してくれた。
実は夫はこれまでに何度か見ているという。いつも同じ状況で、たまたま早朝の暗いうちに起きたとき、電気が点くまでの一瞬に白っぽい小さなものが足元ですっと動くのだそうだ。ナナかと思っても電気が点くともういない。頭らしきものと胴体らしきものがチラと見えるだけなのだが、大きさや雰囲気で猫だと感じる、でも半分寝ぼけているので見間違いかもと思ってたと。そんなことが数回あったが、尻尾まではっきり見えたのは今日が初めてだとか。いつから見てる?と訊くと「去年あたりからだと思う」との答え。ちなみに夫は霊感の類は一切無い鈍感男でその手の話にも興味が無い。
クマは元気だったころは毎日明け方ごろから起き出して、朝の早い夫の枕元に座って夫が起きるのを待っていた。夫が起きると足にまつわりついてご飯ちょうだいと啼いてたから、今でも同じ生活を続けているのかもしれない。そういうことを特に疑わないし、一緒に居るのかと思うと嬉しくもある。クマのダンボールハウスはそのままになっているし環境もほとんど変化してない。そのまま生前の生活を続けていたとしても何の不思議もない気がする。家族を見守るとか殊勝な存在になるでもなくそのまんま、っていうとこが単純なクマらしい。
でもひとつ気になることがある。クマがしんだのは2006年9月。なぜ3年も経ってから姿が見えるようになったのだろう。あれこれ考えてみると、2008年までは毎月の月命日に食べ物を供えてやっていた。クマは大食漢だったけど最後は何も食べられなくなって子猫の様に小さくなってしまったので、お腹が空いているのではと思ったのだ。そこで2年間は月命日にたくさんの食べ物をあげて、2008年以降は命日だけにお供えをするようにした。もしかしたらまだお腹が空いてるのかしら?とりあえず好物のちくわなどを以前の食事場所に置いておいた。他には思いつかないし、考えても理由なぞわかろうはずもないことだけど。
それにしても出るなら私のとこに出ればいいのに。可愛がってたのは私の方だぞ。なんかちょっと気分を害したのであった。(上は私のデスクトップの壁紙にしている写真)
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2010年目標2

制作上(生活上も)の目標は「ずっと見て見ぬフリしてきた部分に手をつける」こと。中途で投げ出した作品を仕上げる、あるいはさっぱりと破棄する。今週はすでに3点廃棄したし、作業場の使いづらかった部分も効率的に作業できるよう改造中。中途半端な思い出の品も整理・処分している。大事だと思いしまいこんでいたことも、10年経ってみればだいぶこちらの心境も変わっている。そろそろ整理していい時期だ。荷物は少しでも減らしたい。最終的には何一つ持たないで果てるのが目標だ。溜め込んだ素材もどんどん使って減らしていきたい。

2010年の目標

遅くなったけれど今年の目標。まず自分と家族の体調管理。無理がきかなくなってきたしあちこちホコロビが出てきてる。日本トップクラスの医療崩壊地域なのでうっかり病気にもなれず、自衛するしかない。だいたい病院が遠い。重い腰をあげて昨年10年以上ぶりに健康診断を受けてきたし、ランニングもはじめた。がんばって体重も減らした。健康に本気になったのは昨年親族に癌が見つかったためだ。夫と自分の体を大切に守りなさいとメッセージをもらったような気がした。
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胡舟

Author:胡舟
北海道オホーツクに在住し北の海のクラフトを作っています。

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