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ナナのこと



この記事は2011年9月~11月ごろにかけて書いていて、中途で投げ出してそのままになっていた。現在は心境もいくぶん変化しているけれど、このブログも更新が途絶えたままずいぶん経つし、先へ進むために書きかけのままアップする。

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今月は早々に風邪を引いて熱を出し、今日やっと平熱に戻った。日記を見たら10月4日に発熱と書いてある。これまではたまに熱を出しても3日以内には下がっていたので、2週間も長引くなんてちょっとびっくり。そして今は腰痛と臀部筋肉痛で前屈み状態のまま直立できないでいる。昨日漬物用大根10本を風呂場で洗ってカゴに入れ、それをよいしょと持ち上げて風呂釜横のドアから外に出した。移動距離わずかに3Mなのにその夜は腰が痛くて寝返りもうてやしない。単に発熱から腰痛へスライドしただけだったという。ていうか発熱の方が楽だ。大根を舐めてはいけない。
このところ庭育成ゲーム・ピグライフにはまりすっかり現実逃避していたのだが、メンテナンスを機会に冷静になってナナのことを書いてみようかなと思う。

ナナが旅立って2ヶ月が経過した。四十九日も過ぎたのでご飯を供えるのは月命日だけにしている。でも爪とぎや、寝床にしていたコタツはそのままになっている。(爪とぎは古いのを棄てて新調した。)1年くらいはこのままでいいかなとも思う。クマの寝床も使っていたときのまま残してある。

ナナはボケの症状は出ていたものの、19歳という年齢の割りに比較的体調は良好だったが、6月に思いがけず暑い日が続いたせいか具合が悪くなった。脱水症状ということだったが早めの治療が奏功して、一時は医者が太鼓判を押すまでに回復したのに、この夏の記録的な猛暑で再び急激に悪化し寝たきりになった。8月からは食事も水も受け付けず、点滴だけで2週間すごした末に天に召された。最後の数日間は意識が無かったけど旅立ちの前日意識が戻り、久しぶりに啼いて私たちを呼んだ。顔を近づけると嬉しそうに、寝たままじたばたしながら近くに寄ろうとした。最後は心臓発作が断続的に数時間続き、明け方夫と私に見守られて旅立った。1991年夏生まれなので推定20歳。もう少し楽にいかせてあげたかったと思う。

昨年あたりからボケ症状が出てきて、もう一緒にいられる時間は長くないのかもと感じ始めてた。個人サイトのナナのページが中途半端なままになっているのを、いつかちゃんとしないとと思っていたけど、STARDUST BOXが3月にちょうど10周年を迎えるのを機会に一念発起、これまでの20年間に撮り貯めたナナの写真を整理してアップした。クマの時のように、いってしまった後で涙ながらに写真を整理するのは嫌だったのだ。ナナが元気なうちに「ナナの毎日」をリニューアルしたいというのが一番の目的だった。
クマの時は一緒に暮らした期間が短かったのもあって、いなくなったあともなかなか未練が断ちきれず、立ち直るのに時間がかかった。ナナの場合は少し違う。せっかく一度体調を取り戻したのにそまま維持してあげられなくて、可哀想なことをしたという思いはあるけど、20歳まで十分生きてくれたので悔いはない。(もっと楽にいかせてあげたかったとは思うけど。)
もっとも悔いはないといっても寂しくないわけじゃない。今の気持ちはなんだろうと考えてみて「心細い」が一番当てはまりそうだ。結婚してすぐナナが家に来たので、ナナとの思い出を振り返ることは結婚生活を振り返るのと同じであり、自分の半生を振り返るのと同じなのだ。これまでナナを含めて「3人家族」と、それが当たり前だったこの20年。あちこち旅行もしたりしたけど、いつも家にはナナが待っていてくれた。クマがいなくなったとき「クマは北海道に来て最初に出来た友達、そして結局唯一の友達だったなぁ」としみじみ感じて、何かが決定的に終わったような気がしたけど、今も家族の中の一つの時代が終わったんだなと強く感じている。

ナナの毎日
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プロフィール

胡舟

Author:胡舟
北海道オホーツクに在住し北の海のクラフトを作っています。

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