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いじめについて

最近のニュースを見て感じることを、かつてのいじめられっ子のひとりとしてとりとめなく書いてみる。書いてみたところで何になるという気もあるけど、日々ニュースを見るたびに何か書かずにはいられない気持ちになっている。

まず自分のこと。いじめられたのは小学校の5-6年。理由はよくわからないが私がどこか「変わっていた」というだけだったんじゃないかと思う。他の子を醒めた目で見ていた子だったかもしれない。10歳を超えたくらいから、なんとなく周りの子供たちと違和感があった。(両親の職業が当時としてはやや特殊という家庭環境のせいもあったかもしれない。)子供らの輪に加わっていくより、空想の世界で独りで遊ぶ方が好きだった。「皆で一緒に遊ぶ」ことに伴う暗黙のルールだの協調だのが面倒くさくて、そうまでして皆でする遊びがさほど楽しいと感じられなかった。(今でも基本的な協調性には思いっきり欠ける。)それをあからさまに出したりはしなかったけど、なんとなく他の子と違う雰囲気がいじめにつながったのかしれない。ひどい仕打ちをされて死のうと思ったこともある。決行寸前まで行ったもののふんぎりがつかず、結局その後も嫌々学校へ通った。小学校卒業と同時に家が引っ越したのでうっとおしい級友たちと顔を合わすことも無くなったけど、それでいじめに決着がついたとは思わなかった。「生き辛い」という感覚が染み付いたことで、中学高校も大人になってもそれを引きずっていくこととなったからだ。
生き辛さの感覚は今も変わらない。だけどそれが自分の基本的な在り様なのだと考えられる程度に、今はやっとなった。
いじめは辛い。学校生活が日常の9割を占める子供にとって、学校がいじめの舞台だったならそれは地獄に等しいことは経験でわかる。でもいじめで自殺してしまう子には、驚きも感じる。私は自殺を決行出来なかったからかもしれない。その時から無意識に”逃げる”方に方向転換したのだと思う。いじめで死んでしまう子ばかりがクローズアップされるけど、いじめられても死ななかった子、死ねなかった子のことを知ることが、意味があるんじゃないだろうかと強く思うのだ。
死んでしまいたい気持ちはわかるけど、それくらいなら逃げちゃえばいいのにと思う。私のときは不登校という言葉もなかったけど、今なら学校へ行かないという手もあるし、それができないなら学校へ行くフリだけしてさぼってもいい。(中高はサボリ魔で通した。)いずれは卒業するのだ。うっとおしい連中と一生付き合わなきゃいけないわけじゃない。
色々なケースがあろうし総括できないのはわかっているけど、自分のことをベースに言う。いじめられる子は「みにくいアヒルの子」なのだと思う。アヒルとそりが合わないからといって白鳥が死ぬことは無い。もっと言えばねずみとライオン、アリと象だっていい。つまり人と違っていることが自分の存在意義だと思うことだ。天才とか芸術家、大作家とか大俳優とか大コメディアンとかは、若年のころは変わり者とか頭が悪いとか言われてた人が圧倒的に多いのだ。学校生活では横並びで扱われるので、アヒルの中の白鳥は居辛い。でも仕方ない、そういうシステムだからじっと我慢するしかない。私も高校を出るまではただもう「うんざりしながら」過ごしていた。問題は子供が自分が白鳥と思えるかどうか、客観的な視点・広い視点を獲得できるかどうかなのだと思う。いじめをなくすことも大事だけど、子供に様々な視点を与えられることができる学校であればと思う。今自分がすべてだと思い込んでいる狭い枠を超えられるような。
もちろん自分を白鳥やライオンと思うならそれなりの努力が必要だ。孤独にも不遇にも耐えられなければいけないし、持ってる資質を磨かなきゃいけない。学校生活を終えて世間に出れば白鳥は自分ひとりでないことがわかって、仲間も見つけやすくなる。狭い枠にあわせることはないのだ。それまでとりあえず学校なんかやりすごすせばいい。こんなこと学校じゃ教えてくれない。私も映画や小説や漫画から学んだし、今もどうにか自分を生かそうと悪戦苦闘している。周囲に自分をあわせるよりも、自分にふさわしい環境を時間をかけて作り上げていけばいい。人生は辻褄あわせなのだ。
ともかく死んでしまうのは絶対にもったいない。前に観たドラマで橋の上から飛び降りようとしてる男の子を担任の先生が説得するのだが、「いちごに牛乳かけてもう一度食いたくないのか」って言って、うわぁすごい説得力!と感動した。その子も自殺を思いとどまってた。辛い日々の中でほんの少しでも視線を別の方向に持っていけるよう、たくさんの「牛乳いちご」に気づけることを心から願う。

いじめられた子が自殺したからといって、苛めた側のショックは一時的なものだ。復讐にも何にもならない。彼らは明日も来年も生き続けて、美味しいものを食べたり恋愛したりするのだ。だけど死んだ子を愛していた人たちの悲しみは、一生その人たちを苦しめる。
プロフィール

胡舟

Author:胡舟
北海道オホーツクに在住し北の海のクラフトを作っています。

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