記憶怪談

筒井康隆「鍵」は怖い話だ。
背広のポケットから出てきた、その存在さえも忘れていた鍵。記憶をたぐって鍵が合うべき元の場所に行ってみると、そこでまた忘れていた鍵を見つける。思い出がよみがえり、その鍵の元の場所へ…。こうして次々と見つかる鍵の記憶に導かれていく主人公は、懐かしさをたどっていたつもりが、いつしか無意識の底へ葬ったはずの過去から逆にたぐりよせられていく。そして恐ろしい結末へ。

古今東西の怖い話をよく漁り読みする。中でも好きなのが「鍵」みたいな”記憶怪談”。これは私が勝手につけた造語だ。自分自身の中に潜んで無意識にまで押し込められた恐怖の記憶。あるいは「あれはなんだったんだろう?」と思っていた不可解な記憶が、時が経って、パズルのピースがぴたりとはまるように浮かび上がる戦慄の事実。外国ではちょっと思いつかないけど国内ではそういう作品に時々ぶつかるし、高橋克彦のような記憶怪談を得意とする作家もいる。

または子供の頃などに何気なく体験したことを、ずっと後に思い出して「あれはなんだったんだろう?」と不思議になる、というパターン。たとえばこのサイトの話とか。あとで謎が解けるということもないので、かえって不可思議さが増していく感じ。そういうのを考えていると、迷宮の中にいるような、開けても開けても中に箱のある箱のような、ちょっと眩暈に似た果てしのない感覚をおぼえる。

記憶に関する奇妙な感覚は自分自身にも向かう。松村友視(視は正しくは左側が示)の短編で印象的な話があった。アパートで独り暮らしの初老の女性が主人公で、毎日使っている針箱がある日見えなくなる。外へは持ち出さないし誰も訪ねてこないし、留守の間に人が来た様子もない。要するに無くなるわけはないのに、どこを探してもない。徐々に沸いてくる不安と焦燥と理由のない恐怖で、捜索は執拗になってゆく。結局それは冷蔵庫の中で見つかる。そんなことをした記憶はまったくないのに、それをしたのは彼女以外にありえない。針箱を膝に乗せたまま主人公は涙を流しヒステリックな哄笑をあげる。
ある時間の記憶がまったく無い、というのも考えてみるとかなり怖いことだ。たしかに自分自身なのに、記憶に無い自分は、あたかも他人みたいだ。

…怖い話でも何でもなく、おそらくは単なる私の勘違いだろうけど、自分の中でずっと謎になってることをこの際だから書いておこう。
かなり前、雑貨を手作りして店に卸売りしていたことがあった。いくつかのお店に置いてもらっていた中で、関西の女性オーナーのお店では作品がよく売れた。私は気をよくして「リクエストがあれば作ります」と言ったら、アクセサリーを頼まれた。しばらく時間をもらえるよう頼んで(当時は電話とFAXでやりとりしていた)、張り切って制作した。1ヶ月ほどかかって数点の試作品が出来たので、ベランダで撮影した。自分の記録用に作品の写真をファイルしておくのだ。ちょうど真夏でベランダの照り返しが眩しかったのを覚えている。それから深夜までかかって試作品を梱包して(予定よりも時間がかかったので慌てていた)手紙も添えて、コンビニから発送した。でもその後も取引は続いたもののアクセサリーについて先方からコメントがなかったので、せっかく作ったのに気に入らなかったのかな(-_-メ)と思っていた。それから数ヶ月経って私は引越しすることになり、委託してた作品を引き取らせてもらうよう連絡を入れたところ、そのやりとりの中でアクセサリーの試作品が届いてないことを知った。あちらは「送ってこないのでウヤムヤになったと思っていた」と。えっ!?確かに送りました!と言ったら先方も慌てて、宅配の事故ではないかと心配しだした。手元にある送り状を確認すると…ない。あのアクセサリーの分だけ送り状が無いのだった。それ以外のものはすべてキチンと整理してファイルしてあるのに。当時発送に使っていた3軒のコンビニ店にお願いして発送簿を調べてもらっても、あのときの荷物の記録はなぜか見つからなかった。結局手元に残ったのは写真だけ。当時は全国にわたる10数店とやり取りしていたので、考えられるのはそのうちのどこか別の店に送ってしまったということくらいだけど、活発にやりとりしていたのはその女性の店くらいだったし、全部宅配だったのに送り状が残っていないのは全くもってミステリー。デザインに苦労したこと、夜明けまでかかってジュエルを焼いたこと、真夏の焼けるようなベランダで写真を撮ったこと。(それもリバーサルフィルムで。)すべて鮮明に覚えているのに、あのアクセサリーはいったいどこへ行ってしまったのだろう??たしかに自分で梱包し自分で発送してるはずなのに。今思い出しても不思議でたまらない。当時けっこう可愛くできたという自負があって、デザインもはっきり覚えているけど、なぜかもう同じものを作る気が起きないのだった。

付記:海外作家で記憶怪談の要素がある小説。H・P・ラヴクラフト「時間からの影」はたしかそういう要素があったのを思い出した。
プロフィール

胡舟

Author:胡舟
北海道オホーツクに在住し北の海のクラフトを作っています。

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