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美しきためいき



サトウハチロー叙情詩集「美しきためいき」
30年来愛蔵してる本。昭和45年山梨シルクセンター出版で初版。山梨シルクセンターは現在のサンリオの前身。たしか88年?にサンリオから再販されている。

子供のときに実家の本棚で見つけた。詩集など読みそうな家族はいないけど、当時たしか木曜手帖(サトウハチロー主催の詩の月刊誌)が毎月送られてきてた記憶なので、何か関わりがあって戴いた本かもしれない。美しい表紙に惹かれてパラパラとめくり、藤田ミラノの繊細なペン画に目を奪われた。詩も平明で子供が読みやすく、優しい調べが気に入った。「これは私がもらっておこうっと。」以来私の本棚の隅っこに座を占めている。

この詩集は、詩というより「うた」だ。「やさしいコトバで詩をつづる。ボクのねらいはこれなのです。…読んでいくと心の中にしみこむ詩、ボクはこういう詩が好きなのです」と作者が言う通りに。子供ながら「こんなわかりやすくていいの?」と思っていた。最初はイラストの方が好きで文章つきイラスト集のように眺めていた。でも折々に読み返すうち、詩は知らず知らず私の中に染み込んでいた。トランプのひとり占いをやるせなく続けているときは「古い古いトランプに…」を思い出したり、昔の流行歌のワンフレーズみたいに、ふとした拍子に胸に上ってくるようになっていた。難しい言葉は出てこないすべてが親しみやすい調べだけど、大人にしかわからない感慨や深い叙情が詠み込まれていたことに、大人になって気づいた。

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「古き日の小笠原諸島」という一連の詩が特に好き。その中の「思い出のボニイアイランド」の語音の美しさから小笠原に憧れ、20代のとき小笠原へ一人旅したっけ。実は流刑地を指す無人(ぶにん)という語を詩的に変えた言葉だったと、そのときに知った。
またこの記事を書くために調べて初めて知ったこと。八方破りの不良少年だったサトウハチローが16歳で小笠原の感化院に送られ、かの地で初めて詩作を志すようになったと。そうだったのか。島への無限の愛惜が感じられる詩情の中に、そんな若き日の思いが隠されていたとは。

だいたい私は一枚の絵や一本の映画からファンになったとしても、その人を詳しく調べたり他の作品をあたったりはほとんどしない。他人の評論やファンの感想にも興味がない。自分とその作品、自分とその人だけの関係を大切にしたいから。だからずっと以前から好きでいる作家でも、詳しいプロフィールや他作をほとんど知らないことも多い。一個の作品を深く永く愛せたなら、それ以上に何が必要だろう?でもこのコラムを書くために多少なりと調べるようになって、興味深いエピソードなどがわかって面白いと思うようになった。あ、これは脱線。

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「灯びの歌」

悲しくない灯びなんてひとつもない
赤 むらさきなどの強い色も
オレンジ レモンエロー 水色もピンクも
ぼやけきったプルシャンブルーも どれもこれもみんな悲しい

悲しいから 人はそれを描く
悲しいから 人はそれに手をふる
悲しいから 人はその下に集る

昔から「灯びの歌」のランプのイラストがとても好きだった。藤田ミラノは当時人気のあった挿絵画家(イラストレーターという言葉がまだ無かった)で、叙情的な少女の絵を得意としたそうだ。「美しきためいき」ではペン画の繊細さとノスタルジックな少女画風味が気品を保ちつつ溶け合って、詩の優しい調べととてもよくマッチしている。中原淳一や蕗谷虹児は実はあまり好きじゃないのだけど、藤田ミラノにはそれらにない洒落たモダンさ、通俗ぎりぎりで実はスタイリッシュな感覚があるように思えて、私はとても好ましい。
プロフィール

胡舟

Author:胡舟
北海道オホーツクに在住し北の海のクラフトを作っています。

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