桜貝は爪によく似てる。
少女の艶々した、優しいピンク色の爪。
片腕を取り替える川端の小説みたいに、
一日だけ桜貝を爪にすることができたらいいのにな。
脆い壊れやすい爪だから、その日は何もしないで過ごそう。
古い音楽でも聴きながら、ゆっくり時が流れるのを感じたら
いつしか昔の自分に戻っているかもしれない。
下の名前も忘れてしまった男の子と
暖かい海で桜貝を拾った頃の自分に。
いえ、昔の私に戻りたいとは思わない。
でももう一度あの頃の気持ちになって確かめてみたいこと。
あの日の海の潮の香りも、こんなに苦かったかしらと。