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ノーマン・ロックウェル ~アメリカン・ノスタルジー~

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図書館で久しぶりにノーマン・ロックウェルの画集を見つけて、懐かくなって借りてきた。
借りたのは初めてだけど、昔毎日のように図書館に逃げ込んでいたときはよく眺めていた。(S池図書館の美術本コーナーの最下段に、エドワード・ホッパーと並んでいたのをはっきり覚えている。)当時もパラパラとめくりながら絵を見ていると、ふと胸が詰まって泣きたいような気持ちになって、慌てて本を閉じたりしていた。今何十年ぶりに見ても少しも変わらない。切なくなって涙が出そうになってしまう。いった何なんだろう…?

時々、私の前世ってアメリカ人だったのかしらと思うことがある。おそらく1800年代末か20世紀初頭生まれで、1920-30年代に青春時代を過ごし、40-50年代には活況を呈するショウビジネス界の一隅で働いていた…なーんて。映画などでその当時のアメリカのスタイルや文化を見ると、なぜか泣きそうなくらいのノスタルジーを感じてしまう。生まれ変わるには時間が短すぎるからそれは冗談だけど、ロックウェルの世界は私の”泣きツボ”をやたら刺激してくるのだ。

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「ちょっと休憩」(1946年)という好きな絵。映画館の掃除係のおばあさんが、客が捨てていったパンフレットを仲良く見ている。よく見ると左側のおばあさんのモップが上の部分だけ剥げていて、いつもそこをつかんで掃除してるんだなとわかる。二人の表情やしぐさがとてもリアルで、映画のワンシーンを観ているよう。「今夜はだれだったの?」「えーと、フレッド・アステアだって」なんて会話まで聴こえてきそうだ。ロックウェルの絵は映画になりそうなくらいの豊かな物語を感じさせてくれる。
老人を描いた絵が総じて好き。日本人との違いが老人にはよりはっきり出ているような気がする。しみじみしながらも湿っぽくなく、どこか茶目っ気を感じさせる表情がいかにもアメリカ人らしい。

ノーマン・ロックウェルは1894年ニューヨーク生まれ。”やせっぽちメガネ君”のノーマン少年は「得意な絵の能力を駆使して生きるしかない」と考え、早くから絵の勉強を開始したそうだ。家族との関係があまり暖かいものではなく早く独立したかったこと、NY生まれなのに都会嫌いで田園生活に憧れていたことなどは、少し意外な気もする。「サタデー・イブニング・ポスト」誌(アメリカで最も大衆的な週刊誌、だそうだ)の表紙で人気を博し、同誌の表紙は40年以上描き続けた。ごく普通の人々への慈愛に富んだ眼差し、それにユーモアとペーソスとそしてノスタルジーを湛え、徹底してリアルに描かれる油彩画は大衆の心を捉えて「アメリカの心を描く画家」と称された。
作画に当たっては登場人物の衣服、小物、背景などには完璧なまでにこだわった。イメージどおりの衣装や小物を苦心して自分で集め揃えたそうだ。ある人物がある状況下でどんなポーズをとり、どんな表情をするのか、その人はどんな性格でどんな歴史を持っているかまで映画監督のように緻密に組み立てていった。本作の前にまずほとんど本作と変わりないモノクロのデッサン画を作った。若いときデッサン練習と並行して人体研究を熱心にしたためデッサン力は驚異的で、ロックウェルの描く人物は解剖学的に見てもほぼ完璧なのだそうだ。尊敬。厳しい完全主義者というよりも、自分が描くものに対してはどこまでも誠実にあろうとした人だったようだ。
職業画家である彼の画題を決めるのは雑誌の編集部やクライアントであり、つまりはその時々の風潮や社会問題が絵のテーマになった。画集で生涯にわたる作品郡(1915-70)を眺めるのは、第一次大戦後からベトナム戦争までの激動したアメリカ現代史を絵で見ることにもなる。中期までの登場人物はほとんど白人だけど、50年代も終わりになってようやく黒人が登場し始め、60年代からは度々人種問題が絵のテーマに取り上げられている。アイゼンハワー・ケネディ・ニクソンら歴代大統領の肖像画や、月に着陸したアポロの飛行士なども描いている。

ロックウェルの絵を実写にするとしたら俳優は誰にしようかと想像するのが好きだ。例えばこのお巡りさんはスペンサー・トレイシー、とか。下の「婚姻届け」なら男性はグレゴリー・ペックで花嫁は誰がいいかな、あまり美人過ぎないで慎ましい感じの…とか飽きずに考えてる。

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プロフィール

胡舟

Author:胡舟
北海道オホーツクに在住し北の海のクラフトを作っています。

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