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夢の果て

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8月5日味戸ケイコ「夢の果て」原画展を見に札幌まで行ってきた。
本屋の中のギャラリーは受付などもなく静かで、心ゆくまでゆっくり見ることが出来た。味戸さんの原画に接することのできる機会は本当に希少なのだ。画集などで目にしていたなじみ深い絵がたくさん、さらに初めて見る絵も多くあった。思っていたよりも小さな原画だった。味戸さんの絵を特徴づけている濃い陰影は、全て鉛筆の濃淡によって精緻に描きこまれている。漆黒の空間には微妙な濃密な気配が感じられて、じっと見ていると吸い込まれてしまいそう。一渡り見てまた最初からじゅんぐりに見て、絵葉書のセットと「夢の果て」の本を買い、名残惜しく帰途についた。

「詩とメルヘン」誌上で安房直子の書き下ろし童話に味戸ケイコが挿絵をつけた企画は、1974年から87年までの13年間続き、17話が生まれた。味戸さんにとっても代表作に入ると思える珠玉の絵が多い。彼らの出版物はどちらもほとんどが絶版となったけれど、93年に安房さんが亡くなってからは安房直子作品は少しずつ再版されるものが出てきた。詩とメルヘンでのコラボは2005年に「夢の果て-安房直子 十七の物語」という全編カラー挿絵入りの本になった。詩とメルヘン当時の原画は古くて傷んでいたため、再出版にあたり7割以上の原画を味戸さんは新しく描き直されたのだそうだ。
驚いてしまった。現在の味戸さんの作風は当時と異なっている。鉛筆画ではなくなっているし、明るい色彩や以前より軽さを感じさせる絵になっている。それが30年以上経って同じ絵を描けるなんて。間近で見て違和感などなかったし、てっきり当時の原画だと思っていた。上記のことは展示会のパンフレットと「夢の果て」のあとがきで知ったのだった。

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原画展を観て帰った夜、「夢の果て」を一晩で一気に読んだ。最後の1ページが終わるまで本を置きたくない気持ちを、久しぶりに思い出した。
安房直子の童話を読むのは初めてだった。味戸ファンになって長いのでもちろんその名は知っていたけれど。ミクシーの味戸コミュできいた限りでは、味戸ケイコの絵を知ったきっかけのほとんどが安房直子の挿絵として(あるいは佐々木丸美の装丁として)出会ったらしい。私は画集から味戸さんを知ったので挿絵としてではなかった。それに偏見かもしれないけど、挿絵というのは話が主であるのに対して従の関係じゃないかという気がして、なんとなく味戸さんに絡む作家の作品を読まないで来たのもある。
でも夢の果てには完全に魅了されてしまった。まるで味戸ケイコ的世界を表現するためにお話が書かれたのではないかと思えるくらい、お話と絵はぴったりとシンクロし、忘れられなくなる魅力を放っているのだった。『「ほたる」から「星のおはじき」までを描きながらわたしがどれほど幸せだったかを誰も知らないとおもう』巻末の味戸さんの言葉。
味戸さんの絵画がそうであるように、安房直子の童話もまた北方的だ。静かで透明で、微妙な陰影があって、お話も雪野原や青い花畑、深い暗い森、少女を飲み込んでしまう海などが出てくる。登場するのも独りで自分の世界にじっと居るのが好きな人物が多い。青い貝殻を拾いながら渚に消えてゆく少女。青いアイシャドウが見せる夢の果てにおぼれる少女。見えないベランダ、声の森、…。そして頻繁に出てくる青への偏愛。一読して私が惹き込まれたのも当然かもしれない。夢の果て原画展がもたらした新たな出会い。あまり自分の志向とぴったりくるので、ちょっと悔しい気持ちすらおぼえる。嫉妬にも似た感情を。多分出会うべくして出会ったのだろう。
どのお話も好きだけど「ある雪の夜の話」が好き。トラックから雪野原の上こぼれ落ちた一個のリンゴと、さびしいリンゴに声をかけた星との会話。静かな雪原を星明りが静かに照らしている、味戸さんの絵も素晴らしい。読んだらどうしても朗読してみたくなって、独りで声を出して朗読してみた。リンゴは明るい女の子のように、星は物静かな青年のように、と。

その後「安房直子コレクション」を図書館で見つけて、全7巻を借りてきて一週間で読んだ。出会いが遅かった分、入学して一息に卒業してやろうという勢いで。私は時たま「一気に入学→卒業」というモードになることがある。
プロフィール

胡舟

Author:胡舟
北海道オホーツクに在住し北の海のクラフトを作っています。

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