ワッツ・タワー

ワッツ・タワーのことは最近、世界の奇想建築を紹介した本で知った。一目見て「これ、私が作ったんじゃないだろか?」と思った。L.Aのスラム「ワッツ地区」に住んでいたサイモン・ロディアというおっさんが、何を思ったか40歳過ぎてから突如作り出したヘンテコな塔。鉄骨に割れた皿やビンや貝殻など拾った物あれこれをセメントでくっつけ合わせて、何十年もかけてたったひとりで作ったとの説明を読んでますます共感した。それ以上の説明は少なくとも自分には必要ない。サムおじさんと私は間違いなく同じ種類の人間だ。
この手の行動をする人間の例に漏れずサムも周囲の嫌がらせなどに遭い、(時折興味本位で近づく人間はあっても)30余年に及ぶ建設中一人の協力者も友人も無かった。けれど孤独はこういう"事業"を完遂するには必要条件なのだ。彼の写真はどれも自然な穏やかな表情を浮かべていて(まるでノーマン・ロックウェルの絵に出てくる人物のようだ!)、意固地・偏屈・変人といった印象ではない。色どり豊かに取り合わされたモザイクやセメントのハートを見れば、孤独な作業の合間合間には子供に返って夢見る瞬間がたびたびあっただろう。よしんば作業自体はルーティンワークであり、おそらく命ある限り途切れることなく続く肉体労働だとしても。
いずれにしても言葉などいらないのだ。ワッツタワーは誰かの目を意識したアートでも建築でもないし、完成を意図して作られた作品でもない。ロスの乾燥してひたすら青い空に向かって夢想するサイモン・ロディアの心を、日々の肉体労働によって書き連ねていった建築による日記のようなものなのだと思う。その意味では巨大でも自分のためだけのオブジェであり、ジョーゼフ・コーネルに近いかもしれない。コーネルの箱がそうであるように、ある者にとっては問答無用で心に棲み着いてしまう絶対的な魅力を持っている。
The Watts Towers -- Flickrによる写真集成
サイモン・ロディア -- Wikipedia