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山へ柴刈りに

(※11月4日に書きはじめた記事)

去年庭木の枝下ろしに大鉈を振るったおかげで、今年は枝ゴミが少ない。それはいいけど太い薪の方が予想外に出てしまったので、私のブリキ時計ストーブで太い薪を燃やすには相当量の小枝が必要。仕方ないので裏山に枯れ枝を拾いに出かけた。「おじいさんは山へ柴刈りにいきました」の”柴刈り”である。
裏山は白樺とカラマツの植林山で、木は数年おきに計画的に伐採される。伐採が終わった後が無残な姿をさらしている場所がある。(次の植林までわざとそうしておくのか植林できないでいるのかはわからない。林業不況で伐採後の山に次の植林をしないケースが増えて山の荒廃が問題になっている。)重機が走り回った後の荒れてデコボコの地面に、材木にならない雑木が切られて積まれている。良い具合に枯れてて絶好の焚き木だけど、泥がついていない木を探すのがかなり手間。足場の悪い枝の山に座り、ひたすらポキポキ枝を集めて適当な量になったら麻紐で束ねる。夢中でやったけど思ったほど捗らず、1時間ほどで二人で4束しか出来なかった。でもこういう作業は決して嫌いではない。むしろなんともいえない充実感。「できることなら毎日通ってこの枯れ枝を全部片付けたい」とすら思ってしまう。
どうも私は荒れた土地をきれいにすることに魂レベルでの喜びを感じるらしい。雑草を抜いたり石ころをひろって地面を鍬でならしたり古い株を掘り起こしたり枯葉を集めて穴掘って埋めたり木に登って高枝を下ろしたり、ガーデニングとは言えない雑用作業の方を俄然張り切ってやる。放置された林を見るとはびこった下草と蔓草を刈りたいと思うし、公園の花壇でも雑草が生えてるとついむしったりする。庭の隅に刈り草と枝を何年も積んでおいた堆肥の山をほじくり返して、中から分解しきれない枝(真っ黒で発酵臭がしてる)を拾い出したり、ミミズが作った土をスコップでかき集めたり、それを何時間も嬉々としてやっていられる。傍からは変人に見えるだろうな。でもそれが至福の時間。地面にしゃがむのが私の幸福。
歳をとってクラフトも出来なくなったら、草取りばあさんになろうと思っている。街路樹の下とか公園の花壇とか。ばあさんなら人目も気にしないで没頭できるはずだし、もしもささやかなお足が戴けたりしたらなお幸せ。
プロフィール

胡舟

Author:胡舟
北海道オホーツクに在住し北の海のクラフトを作っています。

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