ボートで

私は小さなボートでたったひとり
暗い水面に漕ぎ出した
はるかかなたから聴こえる
かすかな声にむかって
その声は とてもかすかだけれど
聴いたことがあるようで 懐かしくて
もしかしたらあなたの声?
私が生まれる前に
あんなにも
近く 温かく
強く感じていた ひかりの中のあなた
いくら漕いでも 果てしなく水は続き
静寂だけが私を取り囲む
胸は動悸して 目は涙でかすんだ
あなたの声は近くならない
オールからこぼれる水はきらきらと散って
水中に微光を放つ小さな虫になった
涙は水面に落ち 銀の魚になった
ボートの後ろには たくさんの小さな生き物が生まれた
でも私は暗い水面を進むだけ
あなたの声だけを追って
漕ぎ続けている
いつまでも
いつまでも…
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味戸ケイコさんの絵のイメージで書いてみました。
第一画集「かなしいひかり」の復刊を目指しています。
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